「童謡」 エツコ-spinningball- コヤス

 童謡を、いつから歌わなくなったのだろう?
考えてみると、いつの間にか歌わなくなっていて、ふと懐かしいフレーズを思い出しても歌詞が続かなかったりする。
わが子はもうすぐ一才の誕生日を迎えるのだが、喃語といわれる赤ちゃん言葉もよくでていて、ついつい、
「そろそろ歌など教えてみよう」
なんて思い付いた。
とりあえず、「ぞうさん」から始める事にした。歌ってやると、私の顔をじっとみて、不思議そうな顔をして聞いている。
「ぞうさん」は二番までは歌う事ができた。なんだかほっとした。
「小鳥はとっても歌が好き〜」という歌も調子に乗って歌ってみた。
こんどは「ピチクリチ」のところが面白かったのか、嬉しそうな顔をして笑っている。これは一番しかわからない。
次はなににしようか?と考えて「か〜ら〜す〜」を歌ってみた。やはり一番だけだ。
これにも多分二番があるはずだったが?とおもったのだが、やはり思い出せない。
自分が小さい頃はあれほど繰り返し歌っていたのに…と思うと、明らかに私の脳細胞の何%かは死んでしまったのだなぁ、などと、子供の顔を見ながらしんみりしてしまった。
それにしても、今歌った三つの童謡に共通するのは”親子”のいる情景だ。
どの歌も子が親を慕い、母が子を思うという愛のあふれる歌詞が綴られている。
この手の歌は探せばもっと沢山あるのだろうが、ぞうさんにしてもカラスにしても、一体どうしてそんな歌詞を?などと考えていると、ふと、幼稚園の年長組みの時の出来事が頭をよぎった。
「雨あめふれふれ母さんが〜」という歌を覚えた頃の事だ。
この歌は「雨が降って、母さんが蛇の目傘を片手にお迎えに来る」というこれまたほのぼのした歌なのだが、私の場合は全くそうではなかった。
他の子は歌のとおり、傘を片手にお母さんがお迎えに来たものだったが、私は大抵、園から傘を借りて家まで帰っていたように思う。
通常、集団での通園だが、急な雨の日はお迎えのお母さんと帰る子が多かったので、長々と続くはずの黄色い帽子の列はうんと短くなった。
私は、お母さんと嬉しそうに帰って行く子を遠目に見ながら、隣で「雨あめふれふれ」の歌を歌っていた鍵っ子友だちにこんな風な言葉を投げ付けた。
「ウチは、雨くらいでお迎えにくるようなカホゴじゃないもんね。」
一体どこから仕入れて来たのか、たかが5つくらいの子が「過保護」の意味を知る由も無いのだが…。
そんな憎まれ口はうらやましさの裏返し。精一杯の強がりだけれど、でも、心の中では「いつか、歌のようにお母さんが迎えに来ないかな?」などと思っていた。それは幼稚園を卒園するまでに一度も叶わなかった夢であったが…。



あの頃、私はいくつもの童謡を歌いながら、雨が降ってもお迎えには来ない母の気持ちと自分の気持ちを確認し、自分で自分を慰めていたのかもしれない。
たとえ迎えに来なくても、お母さんは私を、私はお母さんを好きだということを。
「忘れているから迎えに来ないんじゃない。お仕事で忙しいからなんだ」と。
だからいまだにそんな歌の歌詞ばかりを、しっかりと覚えているのかもしれない。
ちんまりと座った娘の顔を見ながら、忘れそうな歌詞を頭にめぐらすとき、歌と一緒に笑顔の母がふと浮かぶ。
私の名前を呼ぶ明るい母の声。
いつまでもずっと忘れずにいたいと思う、大切な記憶だ。

銀の匙HOME  エツコの本棚   最新のテーマ