「写真の中の記憶」 エツコ-spinningball-コヤス
旅行にいくと、大抵写 真を撮る。
おきまりのピースサインは、いつ頃から始めただろう?
初恋の彼と一緒の修学旅行写真?それとも、近所の幼馴染みとのスナップか。
古いアルバムを膝の上に乗せてなんとなく探していると、ひどく懐かしい写 真に出会った。
家族写真だ。別にどこかかしこまった場所で撮ったわけではないそれは、私がまだ物心つかない4つくらいの時のものだ。真夏、大阪万博の後の遊園地「エキスポランド」で写 した一枚。
写真を撮るというと、必ずふざけて変な顔を作った3つ上の兄。 みんなと少しだけ離れて立っているお下げ髪の姉は、ミニスカートから出た足がスラリと長い。母は小さな私を引き寄せるように立ち、いまでは全くはかなくなった膝丈のスカートをはき濃い色のサングラスをかけている。
そして、白いチューリップハットがなんだかおかしな父。あの頃流行っていたのだろう。茶色のズボンに白っぽいサマーセーターを着て眩しそうな目でこちらを見ている。
そう、この日はとても暑かったような気がする。
一瞬、フラッシュバックのように、銀色の容れ物に入った赤いシロップのかき氷が思い出される。
子供の私には冷た過ぎて、かき氷は苦手だった。すぐに頭が痛くなるのだ。
隣に座っていた父は、あまり進まない私のかき氷を取ると、山盛りにすくって大きな口を開けて食べた 。
それを見た私は「すごい」と思った。大人はすごい、というか、父はすごい。
こんな冷たいものをぱくぱく食べるなんて。
それをじっと見ていると父は「はい」と、かき氷を私に返した。
私の手に返された赤い氷の山はすっかり崩れていた。半分くらいに減って、水っぽくなったかき氷を少しずつすくって食べた私は、なんだか嬉しかった。
いつもなら、なんだって自分の分を取られると、怒って泣いたりしているくせに。
水色のベンチに座った私の頬を夏の風が撫でて行く。
食べながらメリーゴーランドを眺めていたら、さっきまで背中を伝っていた汗がひいていた…。
ふと我に返る。
アルバムをめくる手を止めて僅かな時間だったが、なんだかタイムトリップしていたようだ。
現実の体験だったかは定かではないが、リアルに思い出される風景だった。
ふたたび写真に目をやり、続きをめくって行った。
しかしどんなにめくっても、家族5人で写っている写真は後にも先にもあれ一枚だった。
その後も何度か家族揃って旅行に出掛けたはずだったが…。
あの大阪での写真の5年後には、父はもうこの世にはいない。
そう思うと、たった一枚の写真がひどく貴重なものに思えてきた。旅の思い出だけではない、私達家族の記憶がそこに眠っているのだから。
ずっしりと重いアルバムが、まるで記憶の映画館の入り口のように思える。
自分で撮影したショートフィルムを見ているような不思議な感覚だった。
 

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