「告白」 エツコ-spinningball- コヤス

 二十歳の頃のことだ。
当時、洋服屋に勤めていた私は異動のため、銀座のファッションビルにいた。
前にいた池袋の店は少々雑多な感じではあったが、周囲の店鋪の人たちは皆フレンドリーでつきあいやすかった。それに比べ銀座の店はどことなく皆敷居が高い感じで、なかなか打ち解ける事が出来なかった。
お昼の休憩の時なども一人きりでいることが多く、従業員用の休憩室でもだれとも話さないでいる日がしばらく続いていた。
そんなある日のことだ。食事を終え休憩室に入ると、Rの店の男性スタッフがいた。
「お疲れ様です。」
おきまりのようにのように挨拶すると、その人は私の方に視線を移して、
「お疲れ様です。この店、もう慣れました?」
と、話し掛けてきた。日に焼けたような浅黒い肌に優しい笑顔。名札にはYとある。
「はい、わからない事まだまだありますけど。」
「そっかぁ。でも、みんな話せば親切な人ばかりだから、なんでも聞くといいよ。」
「ありがとうございます。」
思いがけず、声を掛けられた私は嬉しくなり、もう少しこの人と話してみたいと思ってしまった。
Yさんの傍らに目をやると、サッカーの専門雑誌を持っていた。
「サッカー、お好きなんですか?っていっても、私、サッカーのことよくわからないんですけど。」
笑いながら私が言うと、彼もにっこりして、
「うん。実は今日も早朝練習して来たんだ。遅出だったから。」
目を輝かせた彼はおもむろにページを開いて、
「見て、投稿欄に練習試合のチーム募集の葉書出したんだ。僕達のチームの。」
「へぇ、すごいですね。楽しそう。」
サッカーが楽しそうと言うよりは、彼の熱のある話し振りに楽しさを感じてしまった。
「来週、試合があるんだけど、よかったら見においでよ。定休日だし、ウチの店の人も来てくれるから一緒に。後輩の女の子、紹介するよ。」
「えっ?残念。せっかくなんですけど、その日他店にヘルプに入るので私仕事なんです。」
「そうなのかぁ。でも、試合はまたあるから、その時はきっと見にきてね。」
「はい、必ず教えて下さいね。」
そんな風に彼とは出会った。
「時間だからそろそろ行くね。」
と立ち上がった時のスラリとしたスーツ姿にはさわやかさがあり、やや線が細いがスタイルの良さが際立っていた。
その後、月末の売り上げを聞きにRの店に行った時に、紹介すると言っていた後輩の女の子と引き合わせてくれ、彼女と一緒にお昼に行くよう計らってくれた。
まるで新しい仕事場に、友だちがいない私が寂しがっているのを知っていたかのように。なんて優しい人なんだろう?と感動したのを今も覚えている。
  ある日、Yさんから紹介された後輩Mちゃんと昼食をとっていた時のことだ。 Mちゃんが驚くようなコトを言い出した。
「Y先輩、Nさん(私)のこと、楽しくて素敵な人だって言ってましたよ。」
「えぇっ!嘘だぁ、そんなの。私なんか、Yさんの足許にも及ばないよ。恥ずかしいからよして。」
「先輩、カッコイイし優しいですよね。実は3階のレディスコーナーの人達、ファンクラブつくってるんですよぉ。先輩無視できなくて困ってるらしいですけどね。フフフ。」
「そっかぁ。競争率高いんだなぁ。私もファンクラブ入ろうかなぁ?あはは。」
「Nさん、好きなんだったら告白しちゃえば良いのに。」
「ムリムリ!私なんか、笑い飛ばされるに決まってるよぉ。」
実はそんなコトを知らされる前から、私は一人ファンクラブを作っていたようなものだった。
Rの店とは売り場が離れていた為、なかなか顔を合わせることは出来なかったが、テナントショップの前日の売り上げを聞きに回る時など、Yさんがいる所を見計らって行くなどタイミングを合わせるようにしていた。
そういう時の僅かな会話も、私にとってはまるでオアシスで、彼の屈託ない笑顔を見ると、何故かとても安らいだ気持ちになれた。だから、いつも、Yさんの前では彼が笑ってくれるような話しを少しだけするようにしていた。Mちゃんの言う、「楽しくて素敵な人」というのは、おそらくそういう意味だっただろうと思う。
しかし、その言葉の裏になにか恋に似たニュアンスが有りはしないかと期待したのも事実だった。
  一月の初めの夕方、遅い休憩をとっているとYさんが入って来た。少し浮かない顔だ。
「お疲れさまです。どうしたんですか?」
「うん。昨日のサッカーの練習で腰の辺りを傷めたみたいなんだ。」
「すごく痛いんですか?」
「うん、ちょっとね。今日、これから病院に行くんだ。せっかく、次の試合が決まったのに。」
「それまでに治ると良いですね。治りますよ、きっと。」
「だと良いんだけどね。」
「私、次の試合は見に行くって約束してるんですから治ってくれないと困りますよ。」
「そうだね。じゃ、頑張ってお医者に見てもらってくるよ。」
「いってらっしゃい。気をつけて。」
「おう!」
さっきよりは、少し明るい声で、腰の辺りを手で押さえつつYさんは出て行った。
  それから何日か経って、MちゃんにYさんの怪我の結果を聞くと、
「どうやらヘルニアで、術後の痛みが激しく、退院後しばらくは売り場に立てそうに無いのでたまっていた有給休暇をつかって一月程休む。」
ということだった。サッカーの試合も延期が決まり、私はバーゲン終了後になっても、なかなかとれないでいた冬休みを一週間ばかりとることにして田舎に帰省した。
帰省から戻る頃にはバレンタインデーも近い。その頃にはYさんもまた仕事を再開していることだろう。
怪我の快気祝いと告白の意味も込めてチョコでも贈ろうかな…などと、暢気に考えていた。
あの日、寒い休憩室でYさんの辛そうな表情を見ながらかわした会話。それが最後だった。
田舎のお土産を片手に売り場に戻った私は打ちのめされた。信じがたい気持ちでいっぱいになりながら、Mちゃんの言葉を聞いた。
「Yさんには知らされなかったけれど、本当は末期の癌だった。病院に行った時にはもう手後れで、若いせいもあって癌の進行も異常に早かった。御葬式には店長が出席したが、その場にいる事すら辛かったと言っていた。」
涙目でそう話すMちゃんは、
「いつまでたっても信じられないんです。」
と視線を落とした。
  休憩室で、私は一人思った。バレンタインデーなんて待つもんじゃない。好きになったら、一言で良い、伝えるべきだったと。
「言えなくて、こんなに後悔するなんて。」
言い知れぬ悲しみと共に、伝えられなかった言葉が私の頭の中でいつまでもグルグルと回り続けていた。

 

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