「ラブレター」  エツコ-spinningball-コヤス

ある日の夕方、表へ出てみると春の匂いがした。
土が湿り気を帯びて息をしているようなそんな空気。
ゆっくりと歩き出すと、短く揃えた前髪を風がゆらした。
「明日は雨かもしれない」
そう考えながら角を曲がり、コンビニまでの道を西向きに行く。
と、夕焼けの景色が遠く広がっている。
空は深い青から紫、そしていつしか茜へと色を変え雲を染めてゆく。
景色に見とれて歩いていたら、あっという間にコンビニの前まで来てしまっていた。
しばし立ち止まり、薄れ行く夕焼けに別れを告げる。
エンジンをつけたままの白い車の脇を通りドアを押して入ると
おでんのにおいがほんわりと漂って来た。
雑誌の棚を横目に過ぎ、ドリンクコーナーの前でどれを買うか迷う。
結局、レジ横の温かい缶コーヒーと80円切手を一枚買い、店を出た。
今来た道を戻り、今度は東向きへと歩いて行く。
見上げると、ピカリと輝く星がひとつ、こっちを見ている。
「あんた、今日の休みも寝てばかりいたね。」
と星に嘲われた。 私は
「明日、雨かもしれないなら、やっぱり布団を干しておくんだったよね。」
と、つぶやいた。 とぼとぼ歩く私の背中で
「せっかく今日は晴れだったのにさ」
と 夕焼けの名残りのオレンジ色がからかった。
街灯の下で立ち止まり、左のポケットから桃色の封筒を取り出してさっき買った切手を貼る。
ぺろりと舐めた舌が少し苦い。
「だってきのうの夜は、寝ないであのひとにこれを書いたんだもの」
少し斜めに貼ってしまった切手が手紙の行く末を不安にさせる。
…もし、返事が来なくても悲しむのは止そう。
そう言い聞かせて、歩道の隅に佇むポストの口に封筒を持った手を差し込んだ。
封筒からそっと指先を放すと、ポストはなにも言わないでそれを飲み込んだ。
私は、ふうとためいきをつき、ポストの口から出した手を右のポケットに突っ込んだ。
ポケットの中の缶コーヒーはかろうじて、冷たくなった指先を温めた。
風を切って通りを行き交う車のヘッドライトがまぶしい。
「やっぱり、おでん買って帰ろうかな」
コンビニの方へくるり引き返すと、夕焼け空は紺碧の夜空に変わっていて、
いつのまにか、ひとつきりだった星は仲間を増やしきらきらと輝いていた。


銀の匙HOME  エツコの本棚   最新のテーマ