ゴメンネ王子様 

Vol.1 「主婦の友、氷川きよし」 十河梨枝

 昔のように“ちょっと気になる”くらいではTVの前に座れなくなりました。やってもやってもやらなくちゃならないことが次々にあるものですから。
きっと私だけではなく、母で、妻で、働くオンナである皆さんなら同じように毎日を忙しく過ごしているのでしょう。
 そんな私が厳選した、「できれば見たい番組」(厳選しても“できれば”と付くのが悲しいけれど)のなかに「NHK 歌謡コンサート」があります。
演歌フリークなので全部見られずとも何人かの歌が聴ければプチ幸せ気分なのです。タイミング良くお目当ての歌手に当たればなお嬉し、です。
 最近だと、氷川きよし。そう、彼から目が離せません。
整った顔立ちとハキハキした受け答え、純情そうな笑顔に天然ボケが たまらなく可愛いらしい 。 意外にしっかりした歌唱力も手伝って今ではおばちゃん、おばあちゃんたちのトップアイドル、演歌界に輝く星の王子様なのです。

 しかし、私が彼を気にする理由はそんなことではありません。そう、私は気付いてしまったのです。
あれは、夕食後のひととき茶の間でくつろぎ、TVの中の彼をぼんやり眺めているときでした。

「泊まっていけよ、今夜。」

その声に振り向くと白いバスローブを羽織った彼が ソファにもたれて私を見ているのです。
彼の後ろには東京の、濃紺の夜景。戸惑う私にニコリともせず、
「好きなんだろ。」
と冷たく言い放つ彼。濡れた髪を掻き上げて、射るような視線を向ける彼の前に立ちつくす私。
“もう、後戻りは出来ない。”と大きく息を吸い込んで覚悟を 決め、ハンドバッグを床に落とした瞬間でした。

「ママぁ、やだねったらやだね〜って何がいやなん?」

ふと気付くと隣では義母がお茶をすすっており、その横では義父が耳掃除、 娘の食べたミカンの皮を広告に包んでからTVに目をやると彼の出番は終わっていて、チェウニが「星空のトーキョー」を歌っています。
「何だったんだ、今のは?ちょっと疲れているのかな?」
私は胸の鼓動を抑えながら現実の世界と、つかの間の夢の世界をフラフラさまよいながら座卓を拭いていました。

 それ以来私は彼の出る番組は欠かさずチェックしています。私の中でいつしか想像は確信へと変わり、
「TVではこんなへらへら笑っていてもカメラが回ってなきゃ“脱げよ、”だもんなぁ〜」
などとつぶやきながら彼を目で追うのです。

 
実際のところ彼は母性本能をくすぐられて舞い上がっているおばさまたちを踏み台にしてスターダムへとのし上がっていくような、そんなしたたかな男らしさを持ち合わせているのでしょうか?
少なくとも私はそういう「悪い男」と信じてあげたいと思っています。
でなけりゃ世間様に踊らされている彼が滑稽であまりにも可哀想な気がするのです。

ガンバレ!私の王子様!ガンバレ!氷川きよし






銀の匙HOMEへ   十河梨枝 の本棚へ   最新テーマへ